浄土真宗の開祖とされる親鸞(1173-1263)。
仏教で最大の宗派となった浄土真宗を開いたことで知られています。
親鸞とはいったいどんな人で、浄土真宗とはどのような教えなのでしょうか。
浄土真宗の開祖とされる親鸞(1173-1263)。
仏教で最大の宗派となった浄土真宗を開いたことで知られています。
親鸞とはいったいどんな人で、浄土真宗とはどのような教えなのでしょうか。
親鸞聖人は、今から約850年前に誕生され、平安時代から鎌倉時代にかけて、90年のご生涯をおくられた方です。
9歳で出家され、20年間比叡山で厳しい修行を積まれますが、迷いの霧が晴れることはなく、聖人は山を下りる決心をされ法然上人をたずねられます。そして、「どのような人であれ念仏ひとつで救われる」という本願念仏の教えに出遇われます。
あらゆる人びとに救いの道をひらいたこの教えによって、多くの念仏者が生まれましたが、それまでの仏教教団からの反感をかうこととなり、朝廷への訴えによって、法然上人は土佐へ、親鸞聖人は越後へ流罪となりました。 その後に聖人は越後から関東に移られ、そしてその地で二十年間、懸命に生きるいなかの人々と共に暮らし、すべての人が同じくひとしく救われていく道として、念仏の教えを伝えていかれました。 そしてこのような聖人の願いと生き様は、教えに出遇って生きる喜びを見い出した多くの方々のご懇念によって、今日に至るまで相続されてきています。
親鸞聖人があきらかにされた浄土真宗の教えに耳を傾け、人と生まれた喜びと、共に生きることを大切に受けとめたく願います。
東本願寺は、浄土真宗「真宗大谷派」の本山です。
東本願寺は、親鸞聖人があきらかにされた本願念仏の教えに出遇い、それに依って人として生きる意味を見出し、同朋の交わりを開く帰依処、根本道場として、聖人亡き後、今日にいたるまで、数限りない人々によって相続されてきました。それは、人として生きる意味を見失い、また生きる意欲をもなくしている人に、生きることの真の意味を見出すことのできる依り処を、南無阿弥陀仏、すなわち本願念仏の道として見出されたのです。
東本願寺は京都府京都市下京区常葉町にある、京都駅の近くにあり観光スポットとしても人気の場所です。
世界最大級の木造建築で、高さ38m、正面76m、側面58m、堂内の畳は927枚と規格外の大きさです。
正面21m、側面13m、高さ27mで、木造建築の山門としては世界最大級で、実物はとても迫力があり、多くのパワーを感じることができつでしょう。木造建築の二重門としては、日本一の高さと言われています。
京都にお出かけの際は、ぜひ実物を間近でご覧ください。
浄土真宗は、大乗仏教の宗派のひとつで、浄土信仰に基づく日本仏教の宗旨で、鎌倉仏教の一つです。
鎌倉時代初期の僧である親鸞が、その師である法然によって明らかにされた浄土往生を説く真実の教えを継承し展開させたと言われています。
宗祖親鸞聖人が開顕した浄土真宗は、真実をいのちとする仏教であり、そして真宗の全体を支えているものが本願の名号です。
いつでも、どこでも、だれでも本願に帰して南無阿弥陀仏と念仏申す身になるとき、その身に如来の「まこと」をたまわって、仏道の願いに生きる者となっていく。そこに浄土真宗のすべてがあります。
真宗大谷派は、親鸞によって開かれた浄土真宗の宗派の一つです。
元仁元年(1224年)に浄土真宗の根本聖典となる「教行信証」が執筆されたので、この年が立教開宗の年とされています。
浄土真宗が現在のように真宗大谷派と浄土真宗本願寺派に別れた理由については、歴史上の出来事が大きく関わっています。
1570年から1580年までの織田信長と石山本願寺との争い、『石山本願寺一揆』『石山合戦』などとも呼ばれるもので、この時、信長との和睦と徹底抗戦で意見が対立しました。その後、豊臣秀吉の時代には京都に本願寺を建立しますが、この時の対立が跡継ぎ問題と絡み、徳川家康の時代に真宗大谷派(東)と浄土真宗本願寺派(西)に分裂することになります。
現在の真宗大谷派は、京都にある東本願寺を本山としており、門徒数が約550万人、8,900もの寺院が所属していると言われています。
真宗大谷派が属する浄土真宗の念仏は、阿弥陀如来を信じ、感謝の心をこめて唱える「他力本願」が基本です。
これは、阿弥陀如来に帰依(きえ)すると決めた時点で、誰でも仏になることが約束されているというものです。
そのため、阿弥陀如来に帰依した後の念仏は、仏になるために唱えるのではなく、仏になれたことへの感謝の表現として唱えるものです。
自分の修行などによって極楽浄土へ往生しようとする「自力念仏」ではなく、阿弥陀如来を信じ感謝の心とともに唱える「他力念仏」が真宗の念仏なのです。
また、浄土真宗には、「肉を食べてはいけない」「妻帯してはいけない」といった自らを律する厳しい戒めはありません。ただひたすら、阿弥陀如来を信じることが求められる宗派であり、「信心」という感情自体も阿弥陀如来から授かったものだという考えなのです。つまり、たとえ現世でよい行いをしていなくとも、阿弥陀如来の力があれば極楽浄土へ行けるという教えなのです。
東京の練馬には、浄土真宗・真宗大谷派の首都圏の拠点である真宗会館があり、誰でもご参加いただける、仏教に関する行事・講座も多数行っております。
仏教に興味のある方は、一度足を運んでみてください。新しい出逢いや発見があるかもしれません。